いちじくの花

あたしはイチジク、略してあーイク

阪急総帥ってデケェよ

昔の先輩だった関西人の長町先輩と喫煙所でたまたまバッタリ出会った。近所に阪急のお偉いさんが女を囲う為だけのこぢんまりとしたマンションがあると聞いたので興味本意で連れられて侵入したのだが、五階のエレベーターホールで擦れ違った夜の蝶風のきらびやかな女に「このマンションはワケありの女しか住んでへんとこなんやけど、なんでアンタらみたいな若造がおんの?」と詰められ、非常階段に逃げようとするがドアを開けたその先は虚空、追い付いて来た女の手を引き剥がし「誰か!誰か!」と叫ぶ女を尻目にエレベーターまで引き返して乗る。扉が閉まる。と思いきや閉まる直前にさっきの女がドアに腕を挟み込んで無理矢理止めて来る。騒ぎを聞き付けた住人がなんやなんやと集まって来た。夜の蝶が扉をこじ開けると、住人全員の視線が俺達二人に鋭く突き刺さる。全員が目力の強い美女で、芸者風の上品な初老の女から女子高生にしか思えないヤンキー風のギャルまで10人ちょっと、12人(?)ばかりいる。脅え切ったおれを認めるとギャルがいきなり顔に跳び蹴りをして来て、おれは倒れ込む。夜の蝶が扉から手を離したので、閉まり続ける扉に太股が挟まれて痛い。非常に痛い。ギャルはおれの胴体に跨がって怒りの形相で仁王立ちをしている。ホットパンツのすきまからしょーつがみえている。細く引き締まった筋肉質の太股が視界の中で動いたと思うと、おれはこめかみを蹴られていた。「アンタここに足踏み入れるイミわかっとんの?」急いで駆け付けて来たので当然だろうが、派手なギャルの癖に色気の無いサンダルだな、と思った。しかしそれがいい!恍惚としたおれの目を不気味がるかのように、ギャルはもう一発おれを蹴る。今度は左肩だ。痛い。ついでにさっきからドアが閉まり続けていて痛い。サンダルがすこし脱げ、足の裏があらわになる。足の裏も小麦色をしている。地黒なのだろうか、混血なのだろうか。そう言えば顔立ちもどことなくローラに似ていてエキゾチックだ。またドアが閉まる。痛い。同じ部位ばかり挟まれているので更に痛い。少し体の位置をズラす。「逃げんなッ!」今度は鼻を踏まれる。ジワッと涙が出て来る。慈悲は無いのか?痛いぐらいに勃起している。泣いていると外の何人かが足を掴んで来て、エレベーターホールに引き摺り出された。長町先輩も縮み上がって俺の側に正座している。「警察に電話や。自分らムショに入れたらな天下国家のためにならんわ」「ここをどこやと思てけつかんねん」「鬼畜や」「ションベンかけたろかこの変態」腹を見せて倒れた俺を囲み美女たちが次々に罵声を浴びせて来る。やっぱり関西弁の女は怖い。腰の奥が甘く痺れ、熱く溶け始めるのを感じた。「聞いとんのかタコ!」ギャルの蹴りが左肩に炸裂する。そう言えば俺はプロ野球選手だった(は?) 左肩だけは勘弁して貰わなければならない。腰の奥が熱い!調子に乗って次々と蹴りを入れて来る女たちに無我夢中で叫ぶ。「自分は阪神タイガースのっピッチャーのぉ、内藤といいまっ、ス!左肩だけはァ!ァア!やめてっ!」女たちは構いもせずに暴行を浴びせ続ける。その度に甲高い声で叫んで左肩を庇う。女に脅えて命乞いをする自分が情けなくてたまらない。腹の底で千匹のめくらのみみずが目を覚まし、ぬるぬると渦を巻いて互いを喰らい合っている。食い殺される!

 

「なんの騒ぎや」隣のエレベーターから降りて来た老人の声を聞くと、女たちは一斉に静まりかえった。いつの間にかおれの臍田は熱を失い、代わりに熱くぬるぬるとしたものが股ぐらに余さず塗りたくられている。「この子らが若い子に狼藉を働こうと忍び込んで来ましたのや」銀座のママのような和服の女が最初に口を開く。「ほぉ…」俺の恍惚に震えた顔を老人がしげしげと眺めて来る。きっと内出血が出来ているに違いない。「あのっ!」それまで縮み上がっていた長町先輩がいきなり素っ頓狂な声を上げる。「阪急総帥の小林翁とっ、お見受け、しました。私は××電力の長町の息子でございます。翁にはっ、以前お会いしたことがあるとありまっ、存じます」えっ、知り合いだったの?「おお、あの時のボンか…」小林翁(?)がそう言うと急に剣呑な空気が和らいだ。しかしなんとまあ柔らかい雰囲気の爺さんだ!「おまえ」「はい」爺さんの呟きに銀座のママ風の女が返事をする。「おまえ」と言うと銀座なのか……射精を終え冷静になったおれは変なところに感心していた。「警察には突き出したらんでええ。エエ暮らしを夢見るのも男の子には必要なことや」おれは全身のバネを使って仰向けの体勢からひっくり返り、美しい土下座姿勢で着地する。「申し訳ありませんでしたあァーーーーーーーーーー!!」「ちゃんと謝れるのはエエことや。そやけどな、女の子を傷付けたらアカンで?さ、もう行き」ボロボロになって足腰も立たない俺は長町先輩に支えられてようやくエレベーターに乗り、扉が閉まると壁に寄り掛かって座り込んだ。やっぱ阪急総帥はデケェよ……

 

起きたら夢精していた。東京のアパートで一人だった。パンツがもう無かったので洗面台で雑に洗い、石油ヒーターの前に置いて乾かしている。書いている間、無性に悲しくなって来て曖昧に剤を入れた。水を飲むとひどく空腹だったことに気が付いた。夜だった。